秋田地方裁判所大館支部 昭和46年(ワ)68号 判決 1974年10月25日
原告
鹿角郡農業協同組合
右代表者
小板橋徳右衛門
右訴訟代理人
長谷山行毅
被告
片山知子
同
片山喜間太
右被告両名訴訟代理人
加賀竜夫
被告
小野勝也
右被告小野訴訟代理人
金野繁
外二名
主文
一、被告らは原告に対し、各自金一四〇万円およびこれに対する昭和四六年六月二二日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告片山知子、同片山喜間太は原告に対し、各自金一、三一三万七、六九八円およびこれに対する昭和四六年六月二二日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三、原告の被告小野勝也に対するその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は、原告と被告片山知子および同片山喜間太との間においては、原告に生じた費用の三分の二を右被告らの連帯負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告小野勝也との間においては、原告に生じた費用の三〇分の一を被告小野勝也の負担とし、その余は各自の負担とする。
五、この判決は、原告勝訴の部分に限り、被告小野勝也に対し原告において金四〇万円の担保を供したとき、その余の被告らに対しては無担保で、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一請求原因1および2の事実は当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
被告知子は、原告の総務課出納係として、現金・金券・小切手の出納および保管等の業務のほか、原告の余裕金を県信連に預金する事務を担当していたが、右事務は、原告の普通預金補助元帳にその日の預金額を記入し、上司である総務課長の検印を受け、現金を秋田銀行又は羽後銀行の各花輪支店にある県信連の当座取引口座に預入し、県信連にその旨の普通預金受払報告書を郵送してなすものであつたところ、被告知子は、県信連に預金すべき金員の全部又は一部を横領することを企て、別表横領年月日欄記載の各年月日のとおり昭和四三年五月一四日から昭和四六年二月二三日までの間前後七五回にわたり、県信連に預金すべき現金の全部又は一部を手許に留保してその残額のみを預金し、原告の前記元帳には預金すべき金額を記入する一方、県信連への前記報告書には実際の預金額を記入する方法で、同表横領額欄記載の各金員合計金一、六一九万円を着服横領したこと、しかしながら右横領は、木材業を経営している実父の被告喜間太より、経営が苦しいから運転資金として組合金を一時流用して廻してほしい旨再三懇請されたことによるもので、被告知子は、懇請されるまゝに前記方法で横領を重ね、その都度そのほゞ全額を被告喜間太に交付しており、その間に被告喜間太からの懇請なしに若干の横領行為をなしてはいるが、これは前記各横領行為中一三回にすぎず、その金額も合計金三六万五、〇〇〇円に止まり、その他若干の金額を自分で費消したほかは、前記横領金総合計金一、六一九万円中金一、五五〇万五、〇〇〇円を被告喜間太に交付している。
三<証拠>によれば、被告喜間太は昭和四三年四月一日付で原告との間に被告知子のために、同被告の行為又は一身上の事由により原告が蒙るべき一切の損害を同被告と連帯して賠償する旨の五年間の身元保証契約を締結したことが認められる。又、被告小野が右同日同旨の身元保証契約を結んだことは当事者間に争いがない。
四被告知子および同喜間太の抗弁について判断する。
第一に右被告両名は、本件横領金については、原告の理事らがその全額を弁償することに確定しているから、本訴請求は失当である旨抗弁する。右主張はやゝ明瞭を欠くが、これを原告の理事らが、被告らとは別個に原告に対し本件横領被害金を弁償する旨約したという趣旨に解すれば、それだけでは、被告らの原告に対する賠償責任に何らの消長を来たすものではないから、主張自体失当であるといわねばならないし、又、右主張を、原告が被告らの賠償責任を免除し理事らからの弁償を受けることに確定しているという趣旨に善解するとしても、これを認めるに足りる証拠がないから、いずれにしても右抗弁は理由がない。
第二に右被告両名は、原告に監督上の過失があつたから、賠償額算定上考慮されるべきであると主張する。しかし被告知子は直接横領行為をなした本人であるので右事情を考慮する余地はない。被告喜間太について検討するに、身元保証ニ関スル法律第五条の法意は、身元保証契約により過重の負担を余儀なくされる身元保証人の広範な責任を公平の見地から妥当な範囲に限定することにあるものと解すべきところ、前記認定のとおり、本件横領行為は同被告が、被告知子に懇請、教唆してこれを敢行させ、横領金のほとんど全部を被告知子から受取つており、被告喜間太自身も共同不法行為者的地位に立つべきものであるから、前記法条の法意に鑑み同条を適用すべき限りでなく、かつ信義則上からも本件横領行為に関する原告の監督上の過失等の事情を斟酌して同被告の賠償額を減額すべき筋合ではないものというべきである。よつて右抗弁も採用できない。
五被告小野の抗弁について検討する。
<証拠>によれば次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 被告知子は、前記方法による本件横領に先立ち昭和四二年四月から一二月までの間、やはり実父の被告喜間太の教唆懇請により、十数回にわたり三百数十万円を原告から横領している。その方法は、出納係として金庫の管理を委されていることを利用し、原告の現金有高(常備金)から現金を持出し、帳簿上は持出額を含めた本来あるべき額を記載して取り繕うことによつていた。しかし、現金有高は通常一〇〇万乃至一五〇万円位にしておくのが常で、持出を初めた昭和四二年四月当時でも金二〇〇万円位であつたのが、持出が累積してくるとともに帳簿面での現金有高も増加し、同年一二月には金八〇〇万円を超えたため、総務課長からも現金有高が多すぎる旨注意されるなどしたことから、同被告はこの方法による横領に発覚の危険を感じ、前記認定のとおり、県信連へ預金すべき金員の横領を思いついた。
2 原告においては、上司の課長が被告知子作成の日計票に盲判を押すのみで、現金有高の残高確認等すべて同被告に一任していた。
3 県信連口座への現金預入業務は、事前に伝票に総務課長が検印を押すことのほかは、一切被告知子に委ねられており、原告は県信連からの預入報告等も受けておらず、同被告の上司等において、定期的又は随時のいずれにしろ、県信連に対する右預入額の確認等は一切していなかつた。
4 原告は年二回の定期監査その他諸検査等に際して、県信連関係の帳簿はあまり検査しなかつたため、前記現金有高持出の時から約四年間、本件横領行為のみでも約三年間、この不正に誰一人気づかず、被告知子が昭和四六年三月一五日蜘蛛膜下出血症により急に入院したため、出納係を他の職員が担当してはじめて発覚するに至つた。
5 本件横領金のほとんど全部が被告喜間太に引渡されていて、被告知子の日常生活、家具・調度・衣料等にとりたてて異常は認められず、被告小野は昭和四六年三月原告において発見するまで本件横領の事実を全く知らなかつた。
6 被告喜間太の経営する丸か木材合資会社は、実質上同被告のワンマン会社で、被告小野は、その経営の実態はもちろん、被告知子がその社員になつていることも本件発覚まで全く知らなかつた。
7 被告小野は、昭和三六年一〇月被告知子と結婚し、長女、母と四人暮しで夫婦共働きを続け、家庭は円満であつたが、昭和四四年夏頃から被告知子の残業の増加等により夫婦仲が悪くなり、そのうち被告知子は男友達と遊び歩くようになつて、帰宅も遅くなりがちの生活になつていたが、本件横領の発覚後である昭和四六年三月両被告は離婚した。
以上認定の事実によれば、原告においては、現金有高の管理監督体制がきわめて不十分で、出納係を専ら信頼する以外、その不正を実質上チェックできる体制になく、又、県信連への預金業務の監体制も全く形式的に流れ、被告知子が組合金を県信連へ預金したことを、同被告が作成した帳簿によつて知るほかには、日常の監督業務においてはもちろん、定期監査等においてさえも、直接県信連に預入額の確認をなしたことなどは一切なかつたことが肯認され、もしも同被告が病気で倒れなかつたならば、更に横領が反覆継続され、被害額も更に高額なものとなつていたであろうことは推認するに難くない。このことは、金融を業務の一環とする原告において、最も重要な現金等の管理業務の実質的な監督体制が設却された状況にあつたことを如実に示しており、かような原告の使用者としての監督における過失は重大であるというほかはない。しかし、被告小野においても、右事情のほか、日常生活上被告知子にとりたてゝ異常が認められなかつた等の事情があるとはいえ、他方、組合の現金出納係をしていることを知りつゝ妻の身元保証人となり、しかも当該雇用契約によつて、被告知子との共同生活上受益する立場にあつたことなどを併わせ考えると、前記事情を斟酌して身元保証人としての被告小野の責任を否定することは相当でない。そこで、以上の諸事情を斟酌し、かつ後記内入弁済の事実をも考慮して判断すると被告小野の支払うべき金額を金一四〇万円に減額するのを相当と考える。
六被告知子および同喜間太がすでに金一六五万二、三〇二円を内入弁済していることは原告の自陳するところであるので、同被告両名の支払うべき金額から右弁済額を差し引くべきである。なお被告小野については、前項において同被告の支払うべき金額一四〇万円を定めるに際し、すでに右弁済の事実をも考慮して定めたものであるので、さらにこれを差し引くべきものではない。
七以上の理由により、被告ら三名は各自原告に対し金一四〇万円およびこれに対する最終の本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年六月二二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、被告知子および同喜間太は各自原告に対し金一、三一三万七、六九八円およびこれに対する右同日から完済まで右同率の遅延損害金を、それぞれ支払う義務があるものというべきである。
それゆえ、原告の本訴請求中被告知子、同喜間太に対する請求はすべて正当として認容すべく、又、被告小野に対する請求は金一四〇万円とその遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので、その限りで認容すべく、その余は理由がなく棄却すべきであるから、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(東孝行 福島裕 千葉勝郎)
<別表略>